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ミニマル・リブランディング以降、ブランドはなぜ似て見えるのか

ファッションやラグジュアリーブランドに広がったミニマル・リブランディングの流れをたどりながら、整ったワードマークが増えるほど、なぜブランド同士の印象が似ていくのかを考えます。単純化の利点と、固有性が薄れていく構造をあわせて見ていきます。

ミニマル・リブランディング以降、ブランドはなぜ似て見えるのか

しばらくブランドのリブランディング事例を見ていると、似た場面が何度も繰り返されているように見えました。
古い象徴や装飾的な要素をそぎ落とし、より単純なワードマークへ整理していくやり方です。

この流れは特にファッションやラグジュアリーブランドで強く現れました。Burberryは2018年にPeter Savilleと組み、騎士の文様とセリフ中心の伝統的なロゴから、シンプルなサンセリフのワードマークとTBモノグラムへ移行しました。Saint Laurentは2012年、Hedi Slimaneのもとで「Yves Saint Laurent」から「Saint Laurent Paris」へ名前を整理し、Helvetica系のミニマルな表記へ変えました。Celineも2018年にアクサンを外し、字間を調整した簡素なワードマークを打ち出しました。Balenciagaも2017年に、より短く、太く、凝縮したワードマークを導入しました。

この流れだけを見ると、一つの問いが生まれます。
ブランドはどんどん洗練されているのに、なぜ同時にどんどん似て見えるのでしょうか。

私には理由がはっきりしているように思えます。
ワードマーク中心のリブランディングは、デジタル環境やグローバル展開に対応するには効率的です。しかしその効率性が、すべてのブランドを同じ方向へ押しやすい。実際、Burberryの2018年のワードマークも当時は「現代的」で「デジタルフレンドリー」と読まれましたが、数年後の2023年、Daniel Lee体制のもとでBurberryは再び archive-inspired serif wordmark と、1901年由来の Equestrian Knight Design を前面に戻しました。Burberryの公式資料も2023年の新ロゴを「archive inspired」と説明しており、業界報道でも、2018年のブロック調サンセリフから離れ、よりヘリテージ志向へ舵を切ったと解釈されました。

ロゴは整理されても、ブランドの印象はむしろぼやけることがある

ワードマークのリブランディングには、たしかに利点があります。
小さく使っても読みやすく、モバイル画面やアプリアイコン、パッケージ、ソーシャルメディア、グローバル店舗のサインに一貫して適用しやすい。Calvin Kleinが2017年に新ロゴを出したときも、「original spiritへの回帰」とともに、より整った大文字のワードマークを選びました。Design Weekもこれをデジタル環境によく合う方向として見ていました。

問題はここからです。
読みやすさ、拡張性、デジタル適性という条件を満たしていくと、多くのブランドは結局似た結論にたどり着きます。
大文字、単純な字間、装飾の少ないサンセリフ、あるいは抑制されたセリフ。
それぞれ異なる歴史や物語を持つブランドが、視覚的には次第に同じ系統の声を出し始めたのです。Saint Laurentのミニマルなサンセリフへの転換と、Celineのアクサン削除は、それぞれ内部文脈は異なりましたが、外から見るとどちらも「よりクリーンで、より国際的で、より無表情な表記」という印象を残しました。

私はこの地点で、むしろ確信するようになりました。
ブランドはロゴだけでは完成しません。
正確に言えば、ロゴだけでは、もはや十分に差がつきにくいのです。

ブランドを分けるのは視覚より先に「運営文」である

ここで言う運営文とは、スローガン一行のことではありません。
ブランドが実際にどんな文で動いているか、という意味です。

たとえば、こういうものです。

  • 私たちはどんな言葉で顧客を迎えるのか
  • 商品説明はどれだけ説明的で、どれだけ暗示的か
  • 予約、応対、パッケージ、案内、告知、謝罪、フォロー連絡まで、どんなトーンを保つのか
  • ブランド内部で意思決定するときに繰り返される文は何か
  • スタッフや運営者が「このブランドらしく」振る舞うために持つべき基準文は何か

これが重要なのは、ワードマークが似てくるほど、消費者はむしろブランドが実際にどう話し、どう振る舞うかの中で差を強く感じるからです。

ロゴは入口の看板に近いものです。
しかしブランドは、その扉を開けて入ったあとに感じる空気の中で決まります。

経験トーンはブランドの最後の差別点ではなく、いまや最初の差別点である

昔はシンボルやロゴを見るだけで、どのブランドか強く見分けられる時代がありました。
今もその力はもちろん残っています。ただ、ここ数年、主要なラグジュアリーブランドがシンプルなワードマークに収束していく中で、その象徴だけで差別化する方法は以前より難しくなりました。だからこそ、ブランドの重心はより経験トーンへ移ったと私は見ています。この変化は、Burberryが2023年に再び騎士の文様とヘリテージ志向のタイポグラフィを持ち出した場面からも読み取れます。視覚的な差異を取り戻そうとする試みであると同時に、ブランド全体の雰囲気と態度を、英国性や伝統性の側へ再整列させようとするシグナルでもあったからです。

経験トーンは、単に親切か冷たいかという問題ではありません。
ブランドがどんなリズムで存在しているかの問題です。

あるブランドは言葉を節約します。
あるブランドは説明よりも暗示を残します。
あるブランドは顧客を「大切なお客様」のように扱い、またあるブランドは「目の利く仲間」のように扱います。
あるブランドはパッケージを開ける前から緊張感をつくり、またあるブランドは使っているあいだ静かに生活へ溶け込みます。

こうした違いはロゴから始まるのではありません。
運営方法、文の選び方、応対の密度、空間のリズム、商品紹介の語調、オンラインとオフラインのつながり方から生まれます。

似たワードマークの時代ほど、ブランドはより「行動」で記憶される

私はこれを、デジタルプロダクトを見るときと少し似ていると感じます。
最近のアプリもUIコンポーネントはどんどん似てきています。
ボタンは丸く、タイポグラフィは整い、インタラクションも見慣れたものになっています。
それでも、妙にそのサービスらしいものもあれば、使った瞬間に忘れられるものもあります。

差は機能名ではなく、行動の一貫性から生まれます。
ブランドも同じです。

ロゴが似てくるほど重要になるのは、
「どう見えるか」より
「どう運営されているか」です。

たとえば、ある空間ブランドがあるとします。
看板は抑制されたセリフのワードマークかもしれません。いま多くのブランドがそうであるように。
しかし、その次で分かれます。

  • 予約メッセージは乾いているか、優雅か、親密か
  • メニュー説明は知識を誇示する型か、感覚を描写する型か、生活言語の型か
  • スタッフの応対は距離を取るのか、趣味嗜好を案内するのか、喜んで会話を開くのか
  • 空間の音、照度、香り、座席の間隔は緊張を生むのか、滞在を許すのか
  • 再訪顧客を記憶するやり方は露骨か、自然か

こうした要素が積み重なって、はじめてブランドは「そのブランドらしく」なります。
つまり、ブランドの本体は視覚アイデンティティというより、運営される態度に近いのです。

だからリブランディングはロゴ交換より、運営言語の再設計に近いべきである

私はリブランディングを見るとき、ロゴより先にこう問います。
このブランドは、どんな文で再び運営され始めたのか。

Burberryの2023年の変化が興味深いのも、単にセリフが戻ったからではありません。公式資料では、新ロゴとEKDを並べて打ち出し、英国的ヘリテージと「Prorsum」の象徴を再び前面化しました。業界はこれを heritage と Britishness への回帰として読みました。つまり変化の核心はフォント選択そのものではなく、ブランドがどんな態度で再び自分を語ろうとしたのかにあります。

逆に、どんなに美しいロゴを持っていても、運営文が薄ければブランドはすぐに平板になります。
視覚は洗練されていても、応対文はコピペのように感じられ、オンラインのコピーはどのブランドでも使えそうな口調で、パッケージや空間体験にも固有の印象が残らない。
そうなると、ロゴはブランドを救えません。

結局、リブランディングが本当に成功するためには、問いそのものが変わらなければなりません。

「新しいロゴはもっと洗練されたか?」より先に、
「このブランドはこれから、どんな語調で、どんな運営態度で、どんなリズムで生きていくのか?」を問うべきです。

私がブランドを見るときに重要だと考えること

だから私はブランドを評価するとき、ロゴよりも下にあるものを見るようになりました。

第一に、運営文。
ブランド内部で繰り返し使われる判断文があるか。
何をし、何をしないのか、どんな応対をブランドらしいとみなし、どんな表現は使わないのかという基準があるか。

第二に、経験トーン。
顧客がブランドに触れるすべての瞬間の感情温度が一定しているか。
ウェブサイト、空間、商品説明、決済体験、パッケージ、購入後の案内まで、一つの声として感じられるか。

第三に、行動の一貫性。
ブランドが語る価値と、実際の運営が衝突していないか。
節制を語りながら過剰包装をしていないか。職人性を語りながら応対が機械的すぎないか。親密さを語りながら運営文が冷たくないか。

この三つが噛み合うとき、ブランドはロゴを超えます。
そのときから、シンボルが大きくなくても記憶に残り、ワードマークが単純でも簡単には代替されなくなります。


最近の多くのリブランディングは、一つの事実を示しています。
ブランドはもはやロゴだけでは十分に区別されません。
Saint Laurent、Celine、Burberry、Balenciagaのような事例を見ると、ワードマーク中心の整理と単純化はたしかに時代の流れであり、いまも有効な戦略です。しかし同時に、それだけブランド同士の外形的な距離を縮めてもいます。

だからこそ、いまより重要になったのは、
ブランドがどんなフォントを使うかより、
どんな文で運営され、
どんなトーンで経験され、
どんな態度で反復されるのかだと私は考えています。

私はだからこそ、ますますこう感じます。
ブランドはロゴから始まることはあっても、運営文と経験トーンの中で完成するのです。

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kojaen