母親と仲がいいのは問題?
毎日連絡を取っていても大丈夫。癒着と健全な相互依存を分けるのは、仲の良さではなく自分で選べるかどうかです。
母親と一日に何度も電話する娘がいます。ポップアップストアにも一緒に行き、引っ越し先の部屋も一緒に見て、嫌なことがあればまず母に話します。そこへ友人がぽつりと言います。「それって愛情じゃなくて、共依存じゃない?」
この一言で、関係全体を問題だと決めつけてよいのでしょうか。韓国では、母と親友のように過ごす娘はごく見慣れた光景です。服を一緒に選び、ささいな気持ちまで分かち合う母娘もたくさんいます。日本でいう「友達親子」に近い関係ですね。韓国の家族文化のなかでは自然に見える一方で、自立を成熟の基準とする視点からは「大人なのに、なぜまだあんなに母親に頼るの?」という声が向けられることもあります。
母と仲がいいことと「癒着」は同じではありません
心理学でいう癒着、つまり情緒的な密着は、英語でエンメッシュメント(enmeshment)と呼ばれます。アメリカ心理学会(APA)の心理学辞典は、これを家族のメンバーが互いの活動や人間関係に過度に巻き込まれ、健全なやりとりが妨げられ、一人ひとりの自律性やアイデンティティが損なわれた状態と説明しています。
大事なのは後半です。条件は「よく会う」ことではなく、「自律性とアイデンティティが損なわれる」ことです。ですから、毎日電話している、週末ごとに一緒に遊んでいる、という事実だけで癒着とはいえません。
家族療法家のサルバドール・ミニューチンは、家族のなかにも親と子がそれぞれ立つ場所、つまり境界が必要だと考えました。境界があいまいすぎると、互いの感情や決定を代わりに生きてしまいます。逆に硬すぎると、必要なときに助けを求めにくくなります。ここでいう境界は、冷たく線を引く壁ではありません。お互いの感情や決定を肩代わりしないという約束に近いものです。
韓国の家族文化では「近さ」の意味が少し違います
文化心理学は、人を独立した個人としてだけ見るわけではありません。ヘイゼル・マーカスと北山忍は1991年の論文で、ヨーロッパ系アメリカ人の文化では自己を他者から切り離された独立した存在として理解する傾向があり、東アジアの多くの文化では関係のなかで自己を理解する「相互協調的自己」が目立つと整理しました。韓国も後者に近い文化としてよく挙げられます。
もちろん、韓国人はみなこう、欧米の人はみなああ、という意味ではありません。同じ韓国の家族のなかでも、心地よい距離感は人それぞれです。ただ、「一人で決めて一人で暮らすこと」だけを成熟のものさしにすると、家族のつながりを重んじる文化で生まれる親密さを誤解しやすくなります。
これを数字で示した研究もあります。イタリアとイギリスの青少年を比べたマンツィらの研究(2006)では、家族の凝集性(近さ)と癒着は、どちらの国でも別々の概念として測定されました。ところが、癒着が低い心理的ウェルビーイングと結びついていたのはイギリスのほうで、イタリアではその関係ははっきりしませんでした。2か国の青少年約230人を調べた研究なので、そのまま韓国に当てはめることはできません。それでも、「近さ=問題」という公式が文化によって違うはたらき方をしうる点は押さえておく価値があります。
韓国で「カンガルー族」と呼ばれる、親と同居し続ける若者についても同じように考える必要があります。 親と一緒に住んでいるからといって、未熟だと決めつけることはできません。 経済状況、住環境、介護や世話の必要性、家族の選択はそれぞれ違うからです。 韓国の若者がなぜ親と長く暮らすようになったのかは、
母と親友のような娘が見落としやすいこと
仲のいい母娘がすべて癒着しているわけではありません。ただ、近い関係ほど、境界がぼやけていく瞬間に気づきにくいのも事実です。「仲がいいんだから大丈夫」と流してしまうからです。
たとえば、こんな場面です。会社で転職の誘いを受けました。給料も悪くないし、やりたかった仕事です。けれど、うれしい気持ちより先に「実家から遠くなるって、お母さんが寂しがるだろうな」という考えが浮かびます。結局、母には話すこともなく誘いを断ります。母は何も言っていないのに、娘が先回りして母の気持ちを代わりに生きてしまったわけです。
別の場面もあります。母が親戚とけんかした日は、娘は仕事帰りの約束をキャンセルして何時間も電話を聞きます。一度や二度なら当然のことでしょう。問題は、それが決まりごとになったときです。母の気分が沈むと自分の一日も一緒に崩れ、母が元気になってからでないと自分のことを始められないなら、二人の感情が一つのかたまりになりつつあるのかもしれません。
ここでは「心理的統制」という考え方も役に立ちます。発達心理学者のブライアン・バーバーは、罪悪感を刺激したり愛情を引っ込めたりして子どもの考えや感情を動かそうとする親の態度を、「心理的統制」として区別しました。青少年を対象とした研究で、この態度は抑うつなどの内在化問題と一貫して結びついていました。子どもの意見を尊重しながら助言するのとは性質が違います。「あなたがそうすると、お母さんがどれだけ悲しいかわかる?」が繰り返される関係と、「お母さんはこう思うけど、決めるのはあなたよ」と言える関係は、同じ「仲のいい母娘」でもまったく違う場所に立っています。
近くても、自分の人生を自分で選べるか
結局、よい問いは「母とどれくらい近いか」ではなく、「近くても、自分の人生を自分で選べるか」です。
健全な相互依存は、一方がもう一方をつかんで離さない関係ではありません。つらいときは頼り、よいことは分かち合い、必要なら助けを求めます。そのうえで、相手の「ノー」を受け入れ、それぞれの予定や人間関係を尊重します。
近さと自律性は、必ずしもぶつかり合うものでもありません。恋人関係を扱ったクルーヴァーらの3つの研究(2020)では、関係でのつながりを強く感じている人ほど相手に合わせようとする行動が増え、その効果は自律性も同時に高いときに特に大きくなりました。恋人関係の研究なので母娘関係にそのまま当てはめることはできませんが、近いことと自分らしくいることが一つの関係のなかで両立しうる、という方向性は示しています。
私たちの関係はどのあたり? 自分で確かめるための質問
以下の質問は診断ツールではありません。いまの関係を一度照らしてみるためだけに使ってください。
- 進学、恋愛、転職などの決定を、母に「決めたよ」と言えますか。それとも「してもいい?」という形でしか切り出せませんか。
- 母が寂しそうな顔をしたとき、その寂しさは母の気持ちだと考えられますか。それとも、自分がすぐに解消しなければならないことのように感じますか。
- 母に話していない計画や秘密があるとき、強い罪悪感を覚えますか。
- 母の気分が沈んでいる日に、自分の約束や用事を後回しにすることが月に何回くらいありますか。
- 反対に、母があなたの頼みを断ったとき、あなたはそれを気楽に受け入れられますか。
いまの母との距離を気軽に確かめてみたいなら、プリズムテストのママっ子度テストもあります。10問で、あなたと母の距離感を「線を引く独立型」「ほどよい距離の現実型」「リアルタイム共有の親友型」「ママっ子型」のどれかで示す、お楽しみ用のテストです。結果が関係の健全さを判定するわけではないので、母と話すきっかけくらいに使うのがちょうどいいでしょう。
結局、母親と仲が良すぎるのは問題なのか
母を大切に思う気持ちが大きいからといって、自分が消えなければならないわけではありません。自立したいからといって、母への愛情が減ったわけでもありません。
母と仲のいい娘を見るとき、あるいは自分自身を見るとき、「癒着」というレッテルを貼る前に二つだけ問いかけてみてください。その関係のなかに、それぞれの選択の余地が残っているか。お互いの人生を応援する余裕があるか。どちらもあるなら、韓国の母娘によく見られる深い結びつきは、問題というより、お互いを支え合う健全な相互依存である可能性が高いのです。
参考文献
- American Psychological Association. "Enmeshment." APA Dictionary of Psychology. https://dictionary.apa.org/enmeshment
- Manzi, C., Vignoles, V. L., Regalia, C., & Scabini, E. (2006). Cohesion and enmeshment revisited: Differentiation, identity, and well-being in two European cultures. Journal of Marriage and Family, 68(3), 673–689.(イタリア124人・イギリス109人の青少年サンプル)
母と娘の親しさと境界線
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