要点:推しのアルバムやCDを何枚も買ってしまうのはなぜ?
- ランダムトレカは「いつかは出る」という不確かなごほうびの仕組みなので、もう1枚開けたい気持ちがなかなか止まりません。意志が弱いからではないんです。
- 推しのトレカまであと1〜2枚だと感じると、買うペースはむしろ上がります。ゴールが近いほど急ぐ傾向は、カフェのスタンプカードや洗車場のポイントカードの研究でも確認されています。
- もう使ったお金がもったいなくて買い続けてしまうのは、サンクコスト効果です。過去の出費は、次に買う理由にはなりません。
- 交換や開封報告の文化は推し活の楽しさでもありますが、購入量を押し上げる圧力にもなります。
- 解決策は「やめる」ことではなく、アルバム専用の予算、まず交換を試す、買う前にひと晩置く、といったルールを先に決めておくほうが現実的です。
カムバの日、届いた段ボールを開ける瞬間を思い浮かべてみてください。アルバムを5枚続けて開けたのに推しのトレカは1枚もなく、同じメンバーばかり3枚。頭では「もうやめよう」と思っているのに、手はすでに追加購入のページを開いている。交換の募集を投稿して、ラキドロ(ラッキードロー)のイベントを確認して、ショップごとの特典トレカまで比べ始めてしまうんですよね。
そしてふと口座の残高を見ると、なんだかむなしくなる。曲はサブスクで聴いているし、CDプレーヤーもない部屋に同じアルバムが10枚積んである。まわりから「なんで同じの何枚も買うの?」と言われると、ちょっと傷ついたりもします。日本でも握手券やイベント応募券のためにCDを複数枚買う文化があるので、この感覚に心当たりのある人は多いはずです。この気持ちを責めたいわけではありません。ただ、なぜ止めにくいのかがわかると、推し活をやめなくても、自分で決めた範囲の中で楽しむ方法が見えてきます。
いつ出るかわからないから、もっと開けてしまう(変動比率強化)
行動心理学者のファースターとスキナー(Ferster & Skinner, 1957)は、ごほうびの出し方のルールによって行動がどう変わるかを長年実験しました。その中でいちばんしぶとい反応を生んだのが「変動比率」という方式です。何回反応すればごほうびが出るかが毎回変わるルールのことで、平均すると10回に1回でも、今回は2回目で、次は20回目で出る、といった具合です。
このルールのもとでは、実験動物は休まずすばやく反応し続け、ごほうびが出なくなってもしばらく反応をやめませんでした。次の1回が当たりかもしれないからです。
ランダムトレカがこの実験とまったく同じというわけではありません。アルバムを買えばトレカは必ず1枚入っていますからね。でも、自分が欲しい「その1枚」がいつ出るかわからないという点で、仕組みは似ています。前回は3枚目で出たのに今回は10枚開けても出ないとなると、次の1枚への期待はかえって大きくなる。だから 「あと1枚だけ」がいちばん止めにくい瞬間 になるんです。
最近はアルバムのバージョンがいくつもあって、ショップごとに特典トレカも別につくので、集める対象そのものが増えています。たとえばメンバー5人、アルバム3形態、特典のあるショップが4つなら、集めたいカードはすぐに数十枚になります。リストが長くなるほど「まだ出ていないもの」も増えるので、やめどきを見つけるのがますます難しくなるんですね。
これを知っておくと、自分を責める理由が少し減ります。そもそも人に反応し続けさせる仕組みの中にいるのですから。
あと1枚だと感じると、もっと急いでしまう(目標勾配効果)
2つ目の理由は「もうほとんど集まった」という感覚です。メンバーごとのトレカを1セットそろえている途中で、ひとりだけ欠けているとしたら、その最後の1枚にかけるお金と時間がいちばん大きくなりがちです。
キベッツら(Kivetz, Urminsky, & Zheng, 2006)は、カフェのスタンプカードでこれを確かめました。10杯飲むと1杯無料になるカードを受け取ったお客さんは、無料の1杯に近づくほど、コーヒーを買いに来る間隔が短くなっていったんです。ゴールが近づくほど急ぐ、という傾向ですね。
ヌネスとドレーズ(Nunes & Drèze, 2006)の洗車場の実験は、さらに面白い結果です。一方のグループはスタンプを8個集めるカードを、もう一方は10個集めるカードだけれど最初から2個押してあるものを受け取りました。埋めるべきスタンプの数はどちらも8個で同じです。ところが数か月後、カードを最後まで埋めた人の割合は、前者が19%、すでにスタンプが押してあったグループが34%でした。「もう少し進んでいる」と感じるだけで、最後までやり遂げようという気持ちが強まったわけです。
トレカのセットも同じです。5人中4人がそろっていたら、「ここまで来たんだし」という気持ちが自然とついてきます。ひとつ限界を挙げておくと、どちらの研究もアメリカのカフェや洗車場の利用客を対象にした現場研究なので、推し活の場面にそのまま当てはめるには注意が必要です。それでも、この気持ちが自分だけのおかしな執着ではない、ということはわかりますよね。
もう使ったお金が惜しくてやめられない(サンクコスト効果)
「今までいくら使ったと思ってるの。ここでやめたら全部ムダになる」。そう思う瞬間がありますよね。心理学者のアークスとブルーマー(Arkes & Blumer, 1985)は、これをサンクコスト効果として説明しました。
彼らの有名な実験は、大学の劇場のシーズンチケットを使ったものです。チケットを買いに来た人をランダムに分け、あるグループには定価を、ほかのグループには割引価格を払ってもらいました。すると、シーズン前半のあいだ、定価で買った人のほうがよく公演を観に来たんです。公演がより面白かったからではなく、払ったお金が多かったから。ただし、この差はシーズン後半になると薄れていった、という点もあわせて覚えておきたいところです。
アルバムに当てはめてみましょう。すでに20枚買ったという事実は、21枚目を買う理由にはなりません。20枚に使ったお金は、どんな選択をしても戻ってこないからです。それなのに私たちは、そのお金を「取り戻そう」としてもう1枚買ってしまう。次の購入を考えるときは、「今までいくら使ったか」ではなく「いまこの1枚が自分にとってどれくらいの喜びになるか」だけを見るのがいいんです。
交換や開封報告の楽しさも関わっている(互恵性の規範)
アルバムを何枚も買う理由は、ひとりの収集欲だけとは限りません。トレカ交換はファンのあいだでかなり大きな文化です。自分のダブったトレカをほかのファンの推しと交換して、匿名配送で送り合い、無事に届いたら報告を投稿する。この過程で生まれるつながりも、推し活の大きな楽しみですよね。
社会学者のグールドナー(Gouldner, 1960)は、人のあいだには「受け取った分はお返しすべき」という互恵性の規範が広く行きわたっていると考えました。交換文化は、この規範の上で回っています。いい交換相手になるには自分も出せるカードが必要で、そのためにはもっとアルバムを開けなければならない。開封報告で誰かが1箱まるごと開けているのを見ると、自分もそれくらいしないと本物のファンじゃないような気がしてくることもあります。
それ自体は悪いことではありません。ただ、「交換するにはもっと買わなきゃ」が「もっと買わないと認めてもらえない」に変わる瞬間には気づいておきたいところです。ほかのファンの開封報告をスクロールし続けていると比較が終わらなくなるのですが、これはショート動画依存とドーパミンデトックスで取り上げた、終わりのないスクロールの仕組みとも似ています。
ランダムくじとギャンブルは、どこまで似ているのか
慎重に触れておきたい部分があります。ランダムトレカはゲームの「ガチャ(ルートボックス)」と仕組みが似ている、という話をときどき耳にします。お金を払って、何が出るかわからない商品を受け取るという点で、です。
ゼンドルとケアンズ(Zendle & Cairns, 2018)はゲーマー7,422人を調査し、ルートボックスに使った金額が多いほど、問題のあるギャンブル行動の得点も高いという関連を報告しました。ランダム要素のない普通のゲーム内アイテムの購入よりも、その関連は強かったそうです。この研究はアンケートにもとづくものなので、ルートボックスがギャンブル問題を引き起こすという因果関係までは示していません。もともとギャンブルにはまりやすい人がルートボックスに引き寄せられた可能性もあります。それに、トレカ入りのアルバムには音楽CDという現物があるので、ゲーム内アイテムとも違います。
ですから、「アルバム複数枚買い=ギャンブル」と言い切ることはできません。ただ、「次の1回」に期待をかける心の動きは似ているかもしれない、と知っておくのはいいことです。特に次のようなサインがあるなら、一度立ち止まってみるタイミングです。
- 今月の生活費を、アルバムの購入分でやりくりしている。
- カードの分割払いや少額の借り入れでアルバムを買ったことがある。
- 使った金額を、家族や友だちに少なめに言っている。
- 推しのトレカが出ても、うれしさよりむなしさが先に来る。
- 買わないと不安で眠れない。
すでにアルバムの購入で借金ができていたり、生活費が足りない状態が続いていたりするなら、ひとりで抱えこまなくて大丈夫です。借金の問題は「法テラス」(0570-078374)に電話すれば、使える制度や相談窓口を案内してもらえます。買うのをやめたいのに思うようにいかず、日常生活が揺らぐほどなら、心の専門家に話してみるのもひとつの方法です。
自分で決めた範囲で楽しむための予算ルール
行動経済学者のセイラー(Thaler, 1999)は、人がお金を頭の中で用途別の口座に分けて管理する「心の会計(メンタル・アカウンティング)」について説明しました。ふつうは非合理な癖として紹介されますが、逆手にとればかなり使えます。推し活のお金を別に分けておけば、その中では気がねなく使えて、外にはもれないようにできるからです。
ルールを決める前に、ひとつ計算をしてみましょう。メンバー5人のトレカが同じ確率で入っていると仮定すると、1枚で推しが出る確率は20%です。5枚買っても一度も出ない確率は0.8を5回かけた値で、約33%。3人に1人は5枚開けても推しに会えない、ということです。10枚買っても、約11%はまだ手ぶらのまま。5人全員を1セットそろえるには平均11.4枚、つまり11枚より多く買う必要があります。これはアルバム1枚にトレカ1枚、メンバーごとの確率が同じという前提での数字なので、実際にメンバーごとの封入数が違えば、もっとかかることもあります。
この数字を先に知っておくと、「今回は運が悪かった」ではなく「もともとこれくらいは出ないこともあるんだな」と受け止めやすくなります。
すぐに試せるルールをいくつか挙げておきます。全部やる必要はなく、1つか2つ選ぶだけで十分です。
- カムバ用の予算を先に決める。 たとえば「今回のカムバはアルバム込みで1万円」。別の口座やデビットカードに分けるとさらにいいです。
- 何枚買うかを先に決めて、その数字をスクショしておく。開けてから決めると、サンクコストが割りこんできます。
- 推しのトレカが出なかったら、追加で買う前に交換やトレカ単体の購入をまず調べる。計算してみると、そのほうが安いことが多いんです。
- 追加の購入はカートに入れて、ひと晩置いてからにする。次の朝もまだ欲しければ、そのとき買っても遅くありません。
- まとめ買いの幹事や友だちに「一緒に1箱開けよう」と誘われたときの断り方を、先に用意しておく。「今回は予算を使い切ったからパスするね!」くらいで十分です。断るのが特に苦手なら、バウンダリーの心理学も参考にしてみてください。
- カムバ期間が終わって1か月くらいたったら、買ったアルバムの枚数と、心に残った瞬間をメモアプリに書いてみる。次のカムバの予算は、この記録を見て決める。
最後のルールが、思った以上に役に立ちます。1か月たつと開封のときのドキドキは落ち着いて、何が本当に楽しかったのかが残るんです。書いてみると、アルバム10枚よりサイン会の応募1回のほうが記憶に残っていたり、交換で知り合ったファン友だちがいちばんの収穫だったりするかもしれません。その記録がたまっていくと、自分の推し活予算をどこに使うのが自分に合っているのかが、少しずつ見えてきます。
開け終わったアルバムを、譲ったり寄付したりして整理するファンも多いです。使ったお金を取り戻す方法ではありませんが、積み上がった箱を見るたびに感じる罪悪感は軽くしてくれます。
ルールを破った日があっても大丈夫です。次のカムバで、また線を引き直せばいいんです。大事なのは、いくら使ったかより、自分で決めたとおりに使えたかどうかです。
推し活で自分が満たしたいものが気になったら
アルバムを買う理由をもう一枚めくってみると、結局はつながり、認められている感覚、自分だけの喜びといった欲求が出てきます。トレカ1枚がその欲求をどれくらい満たしてくれるかは、人によって違います。
感情的ニーズ診断では、人間関係の中で自分が「愛されている」「安心できる」「わかってもらえている」と感じるサインが何なのかを見ていきます。結果は診断ではありません。推し活が自分のどんな気持ちを満たしてくれているのか、思いめぐらせる材料くらいに使ってみてください。
アルバムを何枚も買ってしまう気持ちは、おかしなものではありません。不確かなごほうび、あと少しという感覚、もう使ったお金、一緒に盛り上がるファン仲間まで、いくつもの力が同時に働いているだけなんです。
ですから、自分を追いつめるより、次のカムバの前に数字をひとつだけ決めておきましょう。その数字の中で開けるアルバムは、心おきなく楽しんでいいんです。フィルムをはがす、あの数秒のドキドキまで。
参考文献
- Ferster, C. B., & Skinner, B. F. (1957). Schedules of Reinforcement. Appleton-Century-Crofts.
- Kivetz, R., Urminsky, O., & Zheng, Y. (2006). The goal-gradient hypothesis resurrected: Purchase acceleration, illusionary goal progress, and customer retention. Journal of Marketing Research, 43(1), 39–58. https://doi.org/10.1509/jmkr.43.1.39
- Nunes, J. C., & Drèze, X. (2006). The endowed progress effect: How artificial advancement increases effort. Journal of Consumer Research, 32(4), 504–512. https://doi.org/10.1086/500480
- Arkes, H. R., & Blumer, C. (1985). The psychology of sunk cost. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 35(1), 124–140. https://doi.org/10.1016/0749-5978(85)90049-4
- Gouldner, A. W. (1960). The norm of reciprocity: A preliminary statement. American Sociological Review, 25(2), 161–178. https://doi.org/10.2307/2092623
- Zendle, D., & Cairns, P. (2018). Video game loot boxes are linked to problem gambling: Results of a large-scale survey. PLOS ONE, 13(11), e0206767. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0206767
- Thaler, R. H. (1999). Mental accounting matters. Journal of Behavioral Decision Making, 12(3), 183–206.
