要点:推しの俳優が売れると冷めるのはなぜ?
- 人は「集団に属したい気持ち」と「ほかの人と区別されたい気持ち」を同時に持っていて、そのふたつがつり合っているときにいちばん落ち着きます(最適弁別性理論)。
- 好みは「自分がどんな人か」を伝えるサインです。関わりたくない集団が同じものを好きになりはじめると、人はその好みを手放しやすいことが実験で確かめられています。
- 早くから見つけて時間と気持ちを注いできた相手には「自分のもの」という心理的所有感が生まれるので、ブレイクが喪失のように感じられることがあります。
- 冷めるのは悪いことではありません。ただ、その人を嫌いになったのか、自分の立ち位置が揺らいだのかを分けて考えると、モヤモヤせずに気持ちを整理しやすくなります。
- 逆に、ブレイクしたあとも好きな気持ちが残っているなら、それは希少さではなく相手そのものが好きだったという証拠に近いんです。
誰も知らなかったころから応援している俳優がいるとします。インディーズ映画の脇役時代のインタビューを探して読み、字幕のない動画を何度も見返してきました。ところがある日、その俳優が大作ドラマの主演でブレイクして、タイムラインがその顔で埋めつくされます。うれしいはずなのに、なぜか気持ちがすっと冷めていく。新規ファンが上げる画像を見ると、なんだか疲れてしまうんですよね。
SNSでは「売れたら冷めるタイプ」「古参の性(さが)」と自虐する投稿をよく見かけます。ただの気まぐれだと片づけられがちですが、研究をたどっていくと、冷める理由は俳優よりも、自分が立っていた場所のほうにあることが多いんです。
みんなと同じでいたいのに、違っていたい(最適弁別性理論)
社会心理学者のマリリン・ブルーワーは1991年の論文で、人の社会的アイデンティティにはふたつの欲求が一緒に働いていると考えました。ひとつはどこかに属したいという「同化欲求」、もうひとつはほかの人と区別されたいという「差異化欲求」です。このふたつは逆の方向に引っぱり合います。集団が大きすぎると自分という存在が埋もれてしまい、小さすぎると所属感が足りなくなる。だから人は、ほどよい大きさの集団に属しているときにいちばん安心する、というのがこの理論の核心です。
推し活に当てはめてみると、かなりしっくりきます。知る人ぞ知る俳優のファンコミュニティは、ちょうどいいサイズなんです。お互いの顔がわかるくらい小さくて、同じものを好きだという所属感もある。ところが俳優がブレイクすると、この集団が一気に何十倍にも膨らみます。属している感覚は残っても、ほかの人と区別される感覚がなくなってしまう。俳優は変わっていないのに、自分が立っていた場所の条件が変わったわけです。
似すぎると落ち着かなくなる(ユニークネス欲求)
ブルーワーより前に、C・R・スナイダーとハワード・フロムキンは「ユニークネス欲求(独自性欲求)」という概念を研究していました。1977年にはこの欲求の個人差を測る尺度を発表し、1980年の本で理論をまとめています。要点は、人はほかの人とあまりに違っていても落ち着かないけれど、あまりに似ていると感じても落ち着かなくなる、ということ。そして似すぎていると感じると、自分をもう一度区別しようとする行動をとると考えました。
この欲求の強さは人によって違います。みんなと同じ服を着て同じものを見ても何とも思わない人もいれば、それがけっこう気になる人もいます。たとえば、好きだったバンドの曲がカフェのBGMで流れた瞬間にテンションが下がる人なら、ユニークネス欲求が高いほうかもしれません。性格の欠点ではなく、ただの個人差です。
スナイダーとフロムキンの尺度は一般的な傾向を尋ねるものだったので、この欲求が「何を買うか、何を選ぶか」にどう表れるかは別に調べる必要がありました。2001年にティアン、ビアデン、ハンターが消費者向けの尺度を新しくつくったのはそのためです。この尺度は3つの側面に分けて測ります。人と違うけれど受け入れられやすいものを選ぶ傾向、人が避けるものをあえて選ぶ傾向、そしてありふれたものを避ける傾向です。マイナーな俳優を好きだったのに、売れると離れていくパターンは、最後の「ありふれたものを避ける傾向」に近いと言えます。点数そのものより、「自分は人と似てくるのが苦手なほうかな」と振り返るための枠組みくらいに使うのがちょうどいいでしょう。
好みは「自分が何者か」を伝えるサイン(アイデンティティ・シグナリング)
ここからもう一歩進んだ研究があります。ジョーナ・バーガーとチップ・ヒースは2008年の論文で、人がある好みを手放す理由を「誰がそれをまねしはじめたか」で説明しました。
有名なのがフィールド実験です。研究チームはある大学の寮で、がん患者を支援する財団の黄色いリストバンド(リブストロング・バンド)を販売しました。しばらくしてから、すぐ隣の「勉強ばかりしている」イメージのある寮でも同じバンドを売りました。すると最初の寮の学生のあいだで、バンドを外す人が目に見えて増えたんです。バンドそのものはまったく同じなのに、なりたくないイメージの集団が同じものを着けはじめたことで、そのサインがもう「自分らしさ」を表してくれなくなったわけです。
好みを手放すのは、ただ飽きたからだけではないということですね。ふたりが1年前の2007年に発表した研究も同じ方向を示しています。人は音楽や服、髪型のようにアイデンティティを表す分野では人と違うものを選ぼうとしましたが、アイデンティティとあまり関係のないモノでは、人と同じものを選んでもほとんど気にしませんでした。
俳優が売れたあとに冷める気持ちも、同じように読み解けます。新規ファンが嫌いなのではなく、その俳優を好きだということが、もう「私はこういうものを見抜ける人」というサインとして働かなくなったんです。限界も書いておきます。この研究の参加者は主にアメリカの大学生で、リストバンドは俳優への愛情よりずっと軽い対象です。長年積み重ねてきた気持ちにそのまま当てはめるには距離があります。
先に見つけた人のモヤモヤ(心理的所有感)
冷めることとは別に、なんとなく悔しい気持ちが混ざることも多いですよね。「私のほうが先に好きだったのに」という、あの気持ちです。
ジョン・ピアース、タチアナ・コストヴァ、カート・ダークスは2001年の論文で、法的に所有しているかどうかに関係なく、何かを「自分のもの」のように感じる状態を「心理的所有感」と呼びました。もともとは社員が会社や仕事に対して抱く感情を説明するための理論です。この感覚が生まれるルートとして、対象をコントロールできるとき、対象を深く知るとき、対象に自分を注ぎ込むときの3つが挙げられています。
推し活は、このうち後ろのふたつをそのままたどります。無名時代の出演作をすべて把握していて、自分で字幕をつくるほど時間と気持ちを注いできた。だからブレイクは、この所有感が揺らぐ出来事になるんです。今ではその俳優を知っている人が何百万人もいて、自分が何年もかけて集めてきた細かな情報は、Wikipediaの一行にまとめられています。組織研究から生まれた理論を、そのままファン文化に当てはめた研究はまだ多くないことは差し引いて考える必要があります。それでも「古参」ならではのさびしさを説明する枠組みとしては、かなりよく当てはまります。
一緒に好きだった人たちとの関係も揺らぐ
ブレイクがもたらす変化の中で、見落とされがちなものがひとつあります。ファンが少なかったころに一緒に盛り上がっていた人たちとの関係です。新規ファンと楽しそうに交流する人もいれば、静かに離れていく人もいる。その中で「あの人、変わったな」とさびしくなることもあります。
これは俳優の好みの問題というより、人間関係の問題に近いものです。同じものが好きだという理由でつながっていた関係は、その共通点が揺らぐと一緒に揺らいでしまうからです。友だちにモヤモヤしてしまう理由でも書いたように、さびしさは、自分がその関係に何を期待していたのかを教えてくれるサインでもあります。その人たちと推しの話以外にも話せることがあったかを思い返してみると、残したい関係と、自然に離れてもいい関係が少し見えてきます。
本当に冷めたのか、立ち位置が揺らいだだけなのか
では、自分の気持ちは本当に冷めたのでしょうか。それとも一時的に揺れているだけでしょうか。次の質問で見分けてみてください。
- 新しい作品を見たとき、演技そのものは今もいいと感じますか?
- 冷めたきっかけは、俳優の変化ですか?それともファンの規模の変化ですか?
- 誰も知らない島でひとりで見ると想像しても、やっぱり見たいと思いますか?
- 「最近の新規は何もわかっていない」と思うことがよくありますか?
- その俳優が好きだと言うのが、前より楽しくなくなりましたか?
1と3に「はい」なら、相手そのものはまだ好きなんです。揺らいだのは、所属感と区別される感覚のバランスのほうです。この場合、わざわざ「降ります」と宣言しなくても、ファンコミュニティでの活動だけ減らして作品は追い続ける、というふうに距離を調整できます。逆に、2の答えが「俳優の変化」で、3が「いいえ」なら、それは自然な好みの移り変わりに近いでしょう。
4番は少し分けて考えたほうがいいかもしれません。新規ファンを下に見たくなる気持ちがよく湧くなら、その奥にはたいてい「自分の居場所がなくなるかも」という不安があります。長く応援してきたことを認められたい気持ちは自然なものですが、その承認を外にだけ求めていると、すぐにむなしくなってしまいます。褒められてもむなしいのはなぜ?で取り上げた承認とつながりの違いが、ここでも同じように働いているんです。
冷めていく気持ちを、つらくなりすぎずに整理するには
冷めていく過程そのものがつらい人もいます。好きだった時間がもったいなく思えたり、新規ファンに居場所を取られた気がしたり、そんなふうに考える自分が心の狭い人間に思えたり。いくつか方法を書いてみます。
- 好きだった時期を別に保存しておく:無名時代のインタビューのリンク、自分でつくった字幕、スクショのフォルダを整理しておくと、「あのころの自分」が消えてしまうわけではないと感じられます。心理的所有感が揺らいだとき、真っ先にしがみつきたくなるのがその記憶だからです。
- コミュニティと作品を切り離す:新規ファンの流入で疲れているなら、タイムラインのミュートだけでもかなり変わります。作品は見続けて、反応は見ない、というやり方です。
- 新規ファンを評価する言葉はこらえる:「最近のファンは」といった投稿をしたくなったときがいちばん危ないタイミングです。書いた瞬間は少しスッキリしても、結局はファン同士のあいだでの自分の居場所を自分で狭めることになります。
- 次のマイナーな推しに移るのを自分に許す:新しく好きになる誰かを探すのは裏切りではありません。差異化欲求が強い人にとっては、自然なサイクルです。
ここでひとつ気をつけたいことがあります。相手が売れるたびに離れる、というパターンが毎回くり返されるなら、好きな相手そのものより「誰も知らないものを知っている自分」が好きだった可能性もあります。悪いことではありませんが、そうだとすると、推しが変わってもさびしさは何度も戻ってきます。
好みを通して、自分が満たしていたもの
マイナーな好みにこだわる気持ちの底には、たいてい「自分を見つけてほしい」という欲求があります。人が知らないものを見抜く目と、それをわかってくれる少数の仲間。この組み合わせがくれていた満足が大きかったなら、ブレイクしたあとのさびしさもそれだけ大きく感じられます。
感情的ニーズ診断では、人間関係の中で愛されている・安心できる・わかってもらえていると感じるサインがどこに集まっているのかを確かめられます。結果は性格を決めつける診断ではありません。自分が好みを通してどんな欲求を満たしてきたのかを振り返る材料くらいに見てもらえたらと思います。
売れた俳優から気持ちが離れていくのは、気まぐれでも、お高くとまっているわけでもありません。属したい気持ちと区別されたい気持ちが、新しいつり合いの位置を探している途中に近いんです。冷めたなら冷めたままでいいし、まだ気持ちが残っているなら、それは希少さではなくその人自身が好きだったということ。新しいドラマの第1話をまだ見ていないなら、SNSの反応は閉じて、一度だけ再生してみるのもいいと思います。
参考文献
- Brewer, M. B. (1991). The social self: On being the same and different at the same time. Personality and Social Psychology Bulletin, 17(5), 475–482. https://doi.org/10.1177/0146167291175001
- Snyder, C. R., & Fromkin, H. L. (1977). Abnormality as a positive characteristic: The development and validation of a scale measuring need for uniqueness. Journal of Abnormal Psychology, 86(5), 518–527. https://doi.org/10.1037/0021-843X.86.5.518
- Snyder, C. R., & Fromkin, H. L. (1980). Uniqueness: The human pursuit of difference. Plenum Press.
- Tian, K. T., Bearden, W. O., & Hunter, G. L. (2001). Consumers' need for uniqueness: Scale development and validation. Journal of Consumer Research, 28(1), 50–66. https://doi.org/10.1086/321947
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- Berger, J., & Heath, C. (2008). Who drives divergence? Identity signaling, outgroup dissimilarity, and the abandonment of cultural tastes. Journal of Personality and Social Psychology, 95(3), 593–607. https://doi.org/10.1037/0022-3514.95.3.593
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