完璧主義と失敗への不安が先延ばしにつながるとき
先延ばしを感情調整の視点から説明します。
「ちゃんとできないなら、始めないほうがまし」という気持ち
締め切りが目の前なのに資料集めばかり続けてしまったり、完璧な一文目が浮かばずに真っ白な画面を見つめたりしたことはありませんか。皮肉なことに、先延ばしをくり返す人には、怠け者よりも「うまくやりたい」「基準が高い」という人が多いのです。
たとえば、会社で初めて一人で任された企画書があるとします。上司に見せる最初のバージョンで、中途半端なものを出したら「まだまだだね」と言われそうな気がします。そこで参考資料をもう一つ探し、競合の事例をもう一つまとめ、目次を三回目の作り直しにかけます。準備はどんどん厚くなるのに、本文は一行もありません。締め切りの二日前になってようやく徹夜で書き上げ、提出しながら「もう少し時間があれば、もっといいものが書けたのに」と思うのです。
この場面で手を止めさせたのは、時間不足ではありませんでした。最初のバージョンが評価される瞬間への不安だったのです。
先延ばしには感情だけでなく、時間や課題の条件も関わります
先延ばし研究の代表的な研究者であるティモシー・ピッチル(Timothy Pychyl)とフューシャ・シロワ(Fuschia Sirois)は、先延ばしを自己調整の失敗の一つとして説明しています。要点はこうです。ある課題が脅威に感じられたり不快に感じられたりすると、私たちはその嫌な気分から逃れるために作業を後回しにし、結果への責任は未来の自分に押しつけられます。二人の2013年の論文のタイトルが、まさにそれを表しています。先延ばしは目先の気分の回復を優先する選択であり、その代償は未来の自分が払う、ということです。
この見方は先延ばしの一つの経路を説明します。不安や退屈を感じる課題を後回しにすると、一時的に楽になることがあります。一方で、時間不足や課題の曖昧さ、注意力・健康、ほかの責任も関わります。計画ツールだけで解決しない場合があっても、すべての原因が感情とは限りません。
先延ばしの代償が実際に積み重なることを示した研究もあります。タイスとバウマイスター(1997)が大学生を一学期にわたって追跡したところ、先延ばし傾向の強い学生は学期の初めこそストレスが少なかったものの、学期末にはストレスも体調不良も多く、成績も低いという結果でした。今は楽で、あとで高くつく構造です。
完璧主義が先延ばしを後押しするしくみ
完璧主義の研究者は、完璧主義を二つの側面に分けて考えます。ステーバーとオットー(2006)の整理によれば、自分で高い基準を掲げて達成を目指す「完璧主義的努力」と、ミスを恐れて他人の評価に過敏になる「完璧主義的懸念」は、それぞれ異なる結果と結びついています。
先延ばしとの関係もはっきり分かれます。シロワ、モルナー、ハーシュ(2017)が関連研究をまとめたメタ分析では、完璧主義的懸念は先延ばしと小〜中程度の正の相関(r = .23、43研究、約1万人)を示し、完璧主義的努力はむしろ同じくらいの大きさの負の相関(r = −.22)を示しました。基準が高いこと自体は先延ばしとは距離があり、ミスや評価への恐れのほうが先延ばしに傾きやすい、ということです。ただし相関研究なので、懸念が先延ばしを引き起こすのか、先延ばしをするうちに懸念が大きくなるのかまでは分かりません。
だからこそ「完璧主義だから先延ばしする」という言葉は半分だけ正しいのです。完璧主義の傾向が強い人ほど、課題を「失敗するかもしれない脅威」として受け止めやすく、その不安を避けようとして取りかかること自体を遅らせてしまいます。準備ばかりが長くなるのも同じ流れです。資料集めは誰にも評価されませんから。
よくある三つの誤解
誤解1:「先延ばしする人は怠け者で、自己管理ができない人だ」
研究が示す姿は違います。先延ばしは嫌な感情を避けようとする反応であり、基準が高くまじめな人でも、失敗への不安から着手を遅らせることはよくあります。
誤解2:「完璧な計画を立てれば先延ばしはなくなる」
計画そのものは感情を扱ってくれません。完璧な計画づくりが、かえって着手を遅らせるもう一つの回避になることもあります。色分けしたスケジュール表が三つ目のバージョンまでできたのに本文が進んでいないなら、まさにこのケースです。
誤解3:「先延ばしは意志の問題だから、もっと気合を入れればいい」
意志の力を強調するほど、うまくいかなかったときの自己批判が大きくなります。そして自己批判から生まれた嫌な気分が、また先延ばしを呼ぶという悪循環に陥りやすくなります。
完璧主義の人のための、先延ばしを直す5つのステップ
ステップ1:「完璧に」ではなく「下手でいいから」と、始める基準を下げる
目標を「完成度の高い下書き」から「ひどい出来でいいので15分間なんでも書く」に変えます。最初の一歩の基準をあえて下げると、評価される対象がなくなり、失敗への恐れがくっつく場所も減ります。先ほどの企画書の例なら、「上司には見せないバージョン。小見出し5つと、それぞれ一行ずつ」が最初の目標になります。
ステップ2:始める前に、いま感じている感情に名前をつけて書く
「不安だ」「うまくできなかったらと思うと怖い」のように、感情を短く書き出してみます。リーバーマンらの研究チーム(2007)による脳画像の実験では、感情を含む写真を見てその感情を言葉にした参加者は、扁桃体の反応が小さくなりました。この実験は先延ばしを直接扱ったものではありませんが、感情に気づいて名前をつけることが、感情に振り回されにくくする助けになるという根拠として見ることができます。
ステップ3:課題を「完成」ではなく「次の行動」単位に分ける
「報告書を書く」の代わりに「目次を3行書く」のように、5〜10分で終えられる単位に分けます。完璧でなければという重圧が小さな単位に散らばると、始めるハードルが下がります。
ステップ4:未来の自分を具体的に思い浮かべる
いま先延ばしにしたら、明日の自分がどんな状況に置かれるかを場面として想像してみます。ブルアン=ユドンとピッチル(2015)の研究では、未来の自分をいまの自分と近い存在だと感じている大学生ほど、先延ばしが少ない傾向がありました。大学生を対象にした相関研究なので効果を大げさに言うことはできませんが、未来の自分を他人のように扱わない練習が役に立つ余地はあります。
ステップ5:終わりの基準を先に決め、「これで十分」という線を引く
始める前に、「この条件を満たしたら終わりにする」という基準を文書のいちばん上に書いておきましょう。たとえば「主張3つ、それぞれに根拠1つ、誤字チェック1回」を満たしたら提出します。いつまでも手を入れたくなる衝動を、あらかじめ止めておく仕掛けになります。
チェックリスト:あなたの先延ばしは完璧主義タイプ?
- 始める前に「うまくやれそうにない」という考えがまず浮かぶ
- 下書きを書くより、資料集めや準備の段階に長くとどまりすぎる
- 人に見せる前に、何度も何度も手直しする
- 締め切り直前になってようやく「これでいいか」と提出する
- 終わっていない仕事を思い出すと、実力のことより自己批判が先に来る
当てはまる数を数える検査ではありません。最近くり返している場面があれば、上のステップ1と2を小さく試してみてください。診断ではなく、振り返りのための問いです。ミスへの恐れが日常全体を覆い、睡眠や食事にまで影響が出ているなら、一人で抱え込まずに専門家への相談を考えてみてください。
嫌な気持ちから自分をどう守っているか、気になる方へ
先延ばしは、心が不安から自分を守るやり方の一つでもあります。ストレスを感じたときに自分がどんな守り方に頼りがちなのかを知りたい方は、本当の防衛パターンを知る(防衛機制テスト)で気軽にチェックしてみてください。身近な場面をもとに、あなたが使いやすい防衛のスタイルを見せてくれます。結果は心理診断ではありません。課題が脅威に感じられたとき、自分が何をしているのかに気づくための手がかりとして使ってください。
先延ばしは怠けの証拠ではなく、不快な感情を避けようとする自然な反応です。そして完璧主義的懸念は、その感情をさらに大きくします。今日は「うまく書こう」という気持ちをいったん脇に置いて、下手な一行目をひとつだけ書いてみてください。
参考文献
- Sirois, F. M., & Pychyl, T. A. (2013). Procrastination and the priority of short-term mood regulation: Consequences for future self. Social and Personality Psychology Compass, 7(2), 115–127.
- Sirois, F. M., Molnar, D. S., & Hirsch, J. K. (2017). A meta-analytic and conceptual update on the associations between procrastination and multidimensional perfectionism. European Journal of Personality, 31(2), 137–159.(相関研究のメタ分析)
先延ばしから完了まで
全1話中1話- 01 完璧主義と失敗への不安が先延ばしにつながるとき